僕と彼女のモーニングコーヒー

楓鈴音



空が白み、今日もまた過剰に太陽の照りつけた一日が始まるのかと思うと、なかなかにうんざりする。
雨露に濡れ、あれだけ綺麗だったプランターの紫陽花も梅雨を超えて姿を消し、
今ある日日草はあまりの暑さに咲き誇る元気がない。一日二日と言わず、
これだけ真夏日が続いていれば項垂れる一方でも仕方があるまい。


白壁をベースに床面にはもみの木を配し、室内の家具を減らしたミニマリストのような部屋。
敢えて大き目のラウンドテーブルを置いてあるのがポイントだ。
これらは全て僕の趣味。
だのに、彼女はケチをつける。物がなさすぎるだの、色数が少なさ過ぎるだの、部屋にくるたび文句を言う。
部屋の主は僕だぞ、好きにさせろよ。

けれど、彼女はそんな部屋でとても寛いでいる。
彼女は所謂いいとこのお嬢様。すらりと伸びた四肢、掴んでも透けるようなぬばたまの髪、
絵にも描けない美貌とはまさにこのことかと。
ここまで完璧な容姿だと実は人間じゃないんじゃないかと疑いたくなるけれど、中身は感情豊かで涙もろい、
ちょっぴり高圧的なところが玉にキズな、そんな女の子だ。

そんな娘と付き合えている僕は、ただの平民。顔も平凡だし、たまたま同じ高校で、彼女よりちょっと背が高かった、
それぐらいしか理由らしきものが思いつかない。
長い付き合いになるけれど、なんで僕なのかホントはいまだにわからないままだったりして。
 
壁掛け時計をふと見る。ああ、時間だ。

「アキ、アーキ、おきなよ。朝だよ、アキ」
僕のベットでミノムシのような状態で寝転んでいるのが、その彼女、秋穂。
「んーー、だれ、れー??えーやだー起きない」
「そうだよ、僕だよ、アキ。起きて」
「やーだー。眠い、5分。だめ?」
「またそんなこと言って、原稿は?」
彼女は、駆け出しの小説家でもあるんだけど、けれど、起動したままに放り出されたノートPCは真っ白な画面をさらけ出している。
素人目にも作業が進んでいるとは思えない。

彼女の細い身体を揺すってみるけれど、無言の抵抗が続く。
僕は作戦を変えた。


「コーヒー、淹れてあげる。インスタントだけど。どう?」
「うー、おきる、いれたら言って」
僕はハイハイと生返事をしてキッチンに入る。食器棚近くに置いたケースからスティックコーヒーをつかんだ。
昔は、サイフォンを使ってドリップで飲んでいたんだけど、いつだったか、偶然貰ったスティックコーヒーを彼女が飲んで以来、彼女の好きな甘さを選んで、買いため、こうして封を切っている。本場のコーヒー党が聞いたら怒り出しそうな話だけれど。
そうして今日も2人分、揃いのカップを用意する。

サー、と細やかな音を立てながらカップへ落ちる粉の匂いは僕も気に入っているんだ。
甘い、優しい匂い。それをマドラーで混ぜる。カップ、コースターを置いて、まだ寝具に包まったままの彼女に声をかける。

「できたよー。飲まないの、秋穂」
「飲む!」
「おお、元気だね」

思わず、くすりとほほ笑む。子犬みたいな彼女。布団は剥いで、パジャマ代わりのシャツとショートパンツでちょこんと椅子に座った。

「はい、どうぞ」
「ん、ありがとう玲」
「どういたしまして」
「きみの淹れるコーヒーは美味いな」
「嫌味?」
「まさか、本気。ホントだって」

軽いなぁ。とは内心思いつつ話の続きを促し、こたえて彼女は続ける。

「店で飲むのも好きだけど。勿論」
「うん」
「こうしてさ、『誰かさん』に淹れて貰うのが良いんだよ、私は」

そんな真っ直ぐな瞳で言われたら恥ずかしい。
僕は多分5年後も、この瞳の前で照れているに違いない。


end

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